歯ブラシの歴史 中世

マホメットは710年にイスラム教を創立したが、彼はその予言書の中で「口の中をきれいにしなさい。それはとりもなおさず神をたたえることである」とし、さらに「私は神の命によってsiwakを用いるのだ。私にとって神の与えたもうた特別の戒律のごときなのだ」といったと言います。siwakとは、サトウキビやユリの根などから作られた噛んで歯を磨くものです。しかし、このsiwakは特定の場所と時で用いられ、それ以外では定着しなかったそうです。9世紀にはラゼスが「歯を保全するためには五倍子(ぬるで)と胡椒の粉末で摩擦する」とし、弛緩した歯には、収斂性含嗽剤と歯磨き粉を使うよう勧めています。

一方この頃、西ヨーロッパでは12〜13世紀に至るまで、用事すら使っていなかったと推測される。13世紀にフランスのギイ・ド・ショウアリクはその著で、あまり乱暴に歯を磨かないで、蜜と焼き塩、酢で歯を磨くと良いと記しています。また、水歯磨きとして磠砂(塩化アンモニウム)と岩塩、サッカリンを液体とし、赤色の布に浸して歯を擦る方法を述べています。15世紀のイタリアのヴァレスクスは歯石を除去した後に白葡萄酒でうがいをし、また焼き塩で摩擦する必要を説いていました。同時期のイタリアのアクラヌスは、その著に口腔衛生十戒を記しています。それによれば毎食後に一端の幾分広めの木片で食片の残渣を除いた後にうがいをすること、また就寝前、朝食前に歯磨剤を榛の身で包み、さらに亜麻布に包んで磨くこと、木片は苦味、止血性のある松、ローズマリー、アロエ、杜松などを用いることを述べました。

中世はじめごろの中国では、房楊枝で清掃することと指頭で歯を擦る習慣があり、また舌をこそぎ、歯を叩く習慣もあったようです。959年頃の埋葬品の中から発見された歯ブラシが世界最古の歯ブラシと思われ、その後の宋代に至る間に中国では房楊枝が廃れ、歯ブラシが使われていたとの記録が残されています。

日本では538年頃の仏教の伝来に前後して、楊枝もまた伝わったと思われます。仏教は朝廷の保護の元に発展していきましたが、それに伴い楊枝もまた広まったようです。平安時代にはすでに上流人士、僧家の間で、朝の洗面時に楊枝を用いたとされています。真言密教や曹洞宗などでは楊枝が大切な法具として扱われていたようです。このように日本では楊枝が盛んに使われていましたが、歯磨剤について特に記録として残っているものはありません。この時代の日本では、房楊枝による歯磨きとうがい、舌をこそぐ、そして塩をつけて歯を擦るという方法で口腔清掃を行っていたようです。

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